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自然療法に取組む人に力になる論語

速やかならんと欲することなかれ、小利を見ることなかれ。(論語 子路)

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この言葉は、様々な病と闘う人、その人を見守るご家族や、医療に従事する人たちに、大きな力を与えてくれる。

特に、食事療法などの自然療法に取り組む人は、毎日毎日かみしめて欲しい言葉であり、倦怠感、徒労感を感じたときに大きな力を与えてくれる。

人は生来、性急な動物なのだろうと思う。

「性」とは、その人が持って生まれた変わることのない心の領域のことを意味している。

人には、生まれながらにして、
「少しでも早く何かを終わらせたい」
「少しでも早く目的地に到達したい」
のような、「少しでも早く」という本能がDNAに刷り込まれているのだろう。

子供が車や電車、飛行機が好きな理由の一つは、スピードがあると思う。

大の大人が、F-1で速さを競ったり、新幹線で世界最高速度を競うのには、
技術を評価し、技術の進歩に貢献するという大義名分はある。

時速300㎞を超えるF-1、
時速250㎞の新幹線の車窓を一瞬で通り過ぎていく風景、
飛行機の離陸時に感じる加速Gなど、
エコロジー、安全という理性的な感覚を除けば、誰もが無条件に興奮するのではないだろうか。

人は生来「性急」な動物であり、少しでも早く成果・結果を欲するものなのだ。
そのお蔭で人間は大きな変化を創ることができるのだろうが、
このことを意識しておかないと、思うような成果を得られないときに、
そのことがストレスになってしまう。

自然療法に取組む人は、特にそうである。

ガンでも、動脈硬化でも、
私たちが対峙している相手は、「生活習慣病」であり、自分自身の生活習慣が20年以上かけて作ってきた成果である。

それは、毎日毎日、何十年にもわたって、健康口座から10円ずつ無意識に引き落としてできた借金のようなもの。

それを一気に減らすことを目指すのが、手術や投薬だとしたら、
自然療法は、毎日毎日、10円引き落とす習慣を止めて、
コツコツ50円ずつ返済していくようなもの。

借金には利息がつくから、完済までには、
5年かかるか、10年かかるか、もしかしたら一生かかってしまうのかもしれない。

そういう気の長いチャレンジなのだ。

癌になった人で、食事療法に取組む人の多くは、
ガンの可能性が高いとわかったところから、
再検査だったり、方針が決まるまであるいは手術までの1~2か月の間に「癌を消す」ことを意図してはじめると思う。

実際、そのような現実を創っている人も少なくないと思うが、
実際にはそのような現実にならない人もいる。

そんな、思うような結果がでなかったときはがっかりしてしまう。

定期的な検査でもそうだ。

こんなに節制しているのに、
「数値がよくない」
「画像を比較すると以前より大きくなっている」

こんな結果が出ると、ガッカリを通り越して、徒労感、絶望感すら覚える。

そんなとき、私は、この言葉を呪文のように唱えている。

「速やかならんと欲することなかれ」
「速やかならんと欲することなかれ」
「速やかならんと欲することなかれ」

そうして、心を持ち直したとしても
そのようなことがあると、
自分がやっている食事療法が意味がないのではないか?
と、疑問・疑念が、心のどこかに生まれたりする。

というか、しばらくは、
食べたいものを我慢する、その生活、その瞬間から逃れる口実を探す自分は消えないだろう。

大好きなラーメンやケーキなどを目の前にして、

「今日くらいは・・・」

という便利な言葉が浮かんでくる。

そんなとき、

「小利をみることなかれ」
「小利をみることなかれ」
「小利をみることなかれ」

心の中で唱えながら、何度その場を立ち去ったことだろう(笑)。

因みに・・・
この言葉の次にはどんなことが書かれているか?

速やかならんと欲すれば則ち「達せず」
小利を見れば則ち「大事成らず」

あなたが「速やか」な結果を求めるなら、あなたの目指す健康は手に入らない。
あなたが「小利」惑わされてやることをやらないなら、あなたが本当に得たい健康は得られない。

私には、この章句が、そう言っているように感じるのだ。

だからこそ、何度も何度も呪文のように繰り返す。

「速やかならんと欲することなかれ」
「小利を見ることなかれ」